次回は 服部純二さん/同志社大学リトルグース


「青いボールを追って!」
 〜これまでのキ・セ・キ
(軌跡)
 

vol.044

氏 名

森空央平(こうへい)

所 属

ビバスポーツクラブ
(東急東横線元住吉駅より徒歩7分)

R B 歴

多分12年位?

ラケット

HEAD「intelligence I 185」

得意技

レ点のようなスキップと
仁王立ちショット

好きな
プレーヤー

清水弘史さん
河合忠義さん
小飯田 進さん

趣味

趣味 野球、ラグビー観戦、
広いお風呂に入る
(温泉・銭湯・健康ランドに行く)
読書
(歴史関係=人の生き方に興味)

★初めまして、ビバスポーツクラブ・ラケットボール愛好家の森です。今回、恐れ多くもラケットのエッセーを書かせてもらう事になりました。

●ラケットボールへのきっかけ?
 自分がラケットボールを最初に知ったのは大分県中津市にあるフレックススポーツクラブ(現マリアスポーツクラブ)です。当時は自分のラケットは勿論、持っていなくてスポーツクラブのものを借りてやっていたのですが、今のラケットと比較すると随分短いラケットでした。21インチよりもさらに短かった様に思います(多分1980年代のラケットではないかと思います。色もこげ茶とか黄土色ですごく地味でした)。
 話は少しそれましたが、そのフレックススポーツクラブで2年位やっていました。今でこそ、ジャパンオープンや色々な試合に参加させてもらっていますが、その当時は試合がある事もあまり知りませんでした。スポーツクラブ゙がJARAに登録していなかったことも有り、また今みたいにインターネットが盛んでなかったことも有り、試合情報が非常に少なかったように思います。大分では試合にこそ出ませんでしたが、ラケットの御蔭で親しい友達もできて、とても楽しかったです。
 その当時は勿論、今でも大分に帰るとたまに一緒ラケットをして、その後焼き肉屋(ホルモンがメイン)に行ったり、カラオケやビリヤード゙に行ったりして遊んでいます。

● ビバスポーツクラブへの入会!
 次に今のビバスポーツクラブでラケットをやるようになったのは10年前位に会社の転勤で横浜に来たときからです。大分でやっていて面白さは知っていたので、ラケットを続けようと思って探して見つけたのがビバスポーツクラブでした。横浜への転勤が決まってから行くまでに事前にラケットボールができるスポーツクラブ捜していました。JARAのルールブックの裏に記載されていた幾つかのスポーツクラブの場所と会社の場所を地図で確認して一番近いスポーツクラブ゙がビバスポーツクラブでした。会社からスクーターで15分位という近さです。今、考えると非常に幸運というかラッキーだったと思います。


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●ラケットボール(試合)にハマる!
 
最初はごく普通にメンバーさんとストレス解消でやっていました。そのメンバーさんとある日、ラケットボールの試合に応援に行く事になり、そこで初めて試合を見ました。最初はとても自分なんかは試合には出られないと思っていました。それが何回かビバスポーツクラブ゙のスタッフやメンバーさんの試合を見て応援するうちに、自分も出て見たいと思うようになりました。初めて試合に出たときはとても緊張しましたが楽しかったです。中学・高校と団体競技(野球)の経験しかないので、社会人になってから個人競技をやるのはすごく新鮮でした(テニスやゴルフもやらないから余計に新鮮だったかもしれません)。ラケットとアイガードの武器(道具)を装着(使用)して1対1で戦うという、格闘技的な要素とスピード感が有るのも魅力で、ハマって行った理由だと思います。特にトッププレーヤー同士の試合を見ているとスピード感に溢れていて、本当に格闘技という気がしてきます。また試合後にメンバーさんと反省会と称して飲むのも楽しみの一つになっています。勝っても負けても運動して汗をかいた後のお酒や食事は本当に楽しくて美味しいです。最近は美味しく飲んだり、食べたりする為に試合に出ているような気がします。

 ラケットボールの面白さは知っていたつもりですが、自分でもこんなに長くハマるとは思いませんでした。これからも時間とお金が許す限り、色々な大会の試合に参加して行こうと思っていますので宜しくお願い致します。

☆ ☆ ☆

 最後になりましたが、今回はラケットのエッセーという大役を戴き、試合以上に緊張しました。自分の曖昧な記憶と少ないボキャブラリーで思いつくままに作成した為、文章構成や言葉の使い方もメチャクチャでやたら長くなってすいません。
 こんなエッセーを最後までご覧頂いた読者の皆様、本当に有り難うございました。
 またこれからも宜しくお願い致します。