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●リレー エッセー |
次回は、平山晶子さん/パレスセントラル(埼玉県さいたま市) |
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▲5年前、仙台のスポーツクラブ「グランスポール」でラケットボールを楽しんで帰国したアメリカからの留学生リサさんのふるさと、ロスの郊外リバーサイド市(仙台市の姉妹都市)を訪れた一昨年秋のことです。、彼女を通訳にして数日間滞在しましたが、私の歓迎会のとき、「SATOはスポーツは何が得意ですか?」と聞かれ、得意でもないのについ「ラケットボール」と言ってしまいました。それではラケットボールをしましょうということになり、翌日ホリディインホテル近くのリバーサイドラケットクラブ(5面)に招待されました。メンバーは68歳と62歳のご夫婦と10歳と12歳のお孫さん姉妹、リサと私の3組での15点マッチの日米混合ダブルス戦。まさかここまで来てプレーができるとは、しかも相手は年齢の差があるし大丈夫・・・と思ったのもつかの間。ご夫婦のプレーを見て驚いた。確実なショットと老練なゲーム展開であっさり3−15で完敗。続く姉妹との対戦も5−15で一蹴されがっくり。「大和魂はどこに行ったの?」。この町ではテニスについでRBが人気で多くの市民がファミリーでプレーを楽 しんでおり、週1回大会が開かれているとのこと。レベル別に1回5ドルで参加できるカリキュラムがあり一流コーチが指導にあたっていた。コーチに「試合で一番大切なことは?」と、聞いてみたところ、答えは「フェアプレーさ」。 ▲JARAで有名だった名プレーヤー吉田正雄さん(画家、1998年6月14日惜しまれてご逝去されました)とWORLD MASTERSでバンクーバー(1993)とミネアポリス(1994)に参加したときのこと。ミネアポリスでの同行者は、吉田さん、内藤長四郎さん、渡會隆さん(写真)。マスターズの出場者はいずれも往年の名プレーヤーばかりで4日間で7試合のハードなゲームでした。この海外の大会で学んだことは、技術ではなくて「フェアプレー」でした。セルフジャッジのときの微妙なヒンダーやスキップなど明らかに相手のミスであってもすべて「Sorry!」と自分のせいにして「リプレーにしましょう」という態度には感心させられました。「とにかく勝ちにいく」今までの試合に対する考えかたを反省しました。その後、遅ればせながら自分の生き方に、この「フェアプレー」の精神と華麗なフォーム(?)を支えにしています。でも「勝ちたい意欲」は相変わらず持ち続けております。 ▲懐かしい写真は1994年7月ミネアポリスでのワールドマスターズのものです。左から2人目が私です(鮮明でなくてすみません)。 ▲最近はキリンスポーツをメーンに月数回、稲見さんを相手にプレーしています。若い人のスピードにはついていけませんが頑張っています。シニアのみなさん!今後ともご指導よろしくお願いします。 |