ラケットボールの力
☆皆の思いが復活への道に☆
   
 
1.ラケットボールを楽しむ

ラケットボールを長くやってらっしゃる方はご存知だと思いますが、ゴールドジム横浜馬車道の杉本健一・信子さんご夫妻。 いつも大きな大会の決勝戦などでは、お二人で仲良く観戦されている姿をお見かけしますし、お二人と話していると、本当に心からラケットボールを愛してやまない気持ちがひしひしと伝わってきます。
JARAに対してもたくさんのご寄付をいただいております。 いつも温かい励ましと、厳しく貴重なご意見もいただいております。 また、ずっと参加していただいているマスターズ大会にも、スタッフや参加者に差し入れやお志をいつもいただいています。 関係者として、この場を借りて、あらためてお礼を述べたいと思います。


新潟マスターズでの杉本さんご夫妻

マスターズで同世代内藤選手との対決!
 
2.ある日のこと

ラケットボールを中心にお元気に過ごされていた杉本健一さんが、昨年、突然、脳梗塞で倒れられました。奥様の信子様のコメントです。

昨年の1月下旬、土曜日の真夜中でした。
昼間にゴールドジム横浜馬車道でラケットボールのレッスンがあって、少し疲れ気味のようでしたので、その日の夜は早めに休みました。
深夜、激しい眩暈と吐き気でトイレに立ちそのまま倒れこんでしまったようです。
「救急車を呼んで」と大声がしたので目を覚ましました。すぐに、救急車を呼んで、近くの救急病院へ行きました。
私に救急法の知識があったのと処置が早かったのが幸いでした。
最初は、所見がありませんと言う事で帰されてしまいましたが、帰ってからまもなく、手足にしびれが出てきて再度救急車を呼ぶ事になりました。
今度は、そのまま入院。朝の四時ごろの事でした。

今まで、特にご病気を抱えていたわけでもなく、ご本人も奥様も、さぞかしびっくりされたと思います。
ここから杉本さんご夫妻の闘いの日々が始まります。

3.リハビリ

再び奥様のコメントです。

右下半身に麻痺がありましたが、言語や脳の方は異常がありませんでした。
入院して二日目からリハビリが始まりました。 毎日病院へ通う私は、身体も気持ちも緊張の連続でした。
彼の気持ちを励まし、落ち着かせてから、ゴールドジム横浜馬車道へ連絡に行きました。
ゴールドジムのスタッフの皆さんは、とても心配してくれました。
数日後、廣瀬インストラクターがお見舞いにきてくれました。
後で知った事ですが、試合前の大事な練習の約束をキャンセルして来てくれたのでした。 廣瀬インストラクターは、必ずまたラケットボールができるようにしましょうと約束してくれました。彼にとって、どんなにか、嬉しく力になったことでしょう。
この時から私は、絶対に彼をラケットボールに戻してあげようと心に誓いました。退院までの少々辛い病院生活にも耐えられたのは、今までラケットボールを通じて蓄えてきた体力、筋力と気力の賜物です。
リハビリが進むに連れて、病院でのリハビリには限界があると感じたので、回復の様子を見て、ゴールドジム横浜馬車道でのリハビリに切り替えたいと思うようになりました。

2ヶ月にわたる入院中、病院で行われたリハビリは、平均的な高齢者のためのリハビリでした。 長年ラケットボールを続けてこられた杉本さんにとっては、まるで初歩的で、幼稚にさえ感じられるもので、進歩がないどころか、日に日に筋力が落ちていったとまでおっしゃっています。
こんなリハビリを続けていたら、どうなるんだろうか。
不安でいっぱいな毎日が続き、焦燥感が募ります。 同じ年齢でも、人によって、体力や気力はかなり違うはずです。
この年齢で、この病気の人であれば、こういうリハビリが当たり前、という型にはまった対応。 さらに、現在の病院では、一切責任を取りたくないということもあり、本人の希望であっても、必要以上の負荷を与えるようなイレギュラーな対応はできなくなっています。迷いに迷った末、廣瀬インストラクターより日高トレーナーを紹介され、リハビリを病院から、ゴールドジム横浜馬車道に切り替えることにしました。

4.サポート体制

ゴールドジム横浜馬車道のチーフトレーナー、日高靖夫さん(32歳)。
理知的で、きりっとしていて、かつ、とてもさわやかな方です。目がキラキラしてます。
繊維メーカーの技術者としてサラリーマン生活を送っていたけれど、27歳の時、思い立って転職。ゴールドジムでは4年間に渡り、アスリートから高齢者、身体に不安を抱える方など、多種多様なニーズに応じるパーソナルトレーナーとして活躍しています。
予防医学、東洋医学やヨガ、そして古武道などにも精通している日高さんのポリシーは、
1.「知識」と「感性」両面のバランスから人の身体を読むことを心がける。
2.あらゆる観点からの物の見方で、それぞれの方に一番適した方法を提供していく。
とのことです。

杉本さんは、週に一回、日高さんのトレーニングを受けるようになりました。
関節のコンディショニング、筋力トレーニングをはじめ、呼吸法や食生活の指導、 生活の中での身体の使い方にいたるまで、親身になってのトレーニングが続きました。そして、最初はひきずるようだった右足が徐々に回復していきました。
目標はラケットボールを再開することなので、ラケットボールに必要な体の動きの改善に取り組んでいます。

 

何よりも病院でのリハビリに比べると、明るい雰囲気の中でできることが違いました。いつも顔を合わせる他のスタッフも笑顔で迎えてくれ、それぞれの言葉で励ましてくれます。
そして、昨年夏から、ついにラケットボールのプライベートレッスンも始めました。もちろんインストラクターはラケットボール担当の廣瀬尚昭さんです。

 

基本に戻って、「ドロップアンドヒット」の繰り返しから始めました。
最初はあまり動けませんでしたが、徐々に感覚を取り戻し、多少無理と思われるような体の動きもできるようになり、ボールを芯でしっかり捉えられるようになっていきました。何よりも、真剣に、集中してボールを打つこと、そして、楽しく汗をかくことが、身体も気持ちも変えていきました。
廣瀬さんは、一人でも多くの人に、ラケットボールの魅力を伝えていきたい、体力も性格も違うさまざまな人に、ラケットボールの楽しさをぜひ味わってほしいと、現在もゴールドジムで週30本ものレッスンを続けています。
そして、昨年秋、ラケットボール全日本シングルス大会において、廣瀬さんは見事日本一になりました。このようなプロのスキルを持った若い二人に支えられ、また奥様の愛情こもったサポートのお陰で、杉本さんは着実に復活に向けて進み始めました。

5.再びコートに立つために

現在、団塊の世代が次々と定年を迎え、特に仕事人間だった人たちは、有り余った時間の海に放り出され、目標を見つけられずに苦しんでいます。
そして、病気になったり、体力に自信がなくなったりすると、急に衰えが目立ち、発想自体が後ろ向きになります。
目標の設定の仕方、生きがいの見つけ方、そして、それをどのように生活の中に位置づけていくのか。
杉本さんと同じ75歳の方が、もし病気で倒れられたとしたら、(もちろん症状などにもよるでしょうけど)普通の日常生活が送れるようになりたい、ということが当面の目標になるはずですし、病院やまわりの方も多分そのような思いで対応することと思います。杉本さんは、リハビリの回復目標を、ラケットボールへの復帰という高いところに設定されました。
再びコートに立ちたいという強い思い。仲間たちと楽しくラリーがしたい、そして試合にも出たい、という目標。奥様との固い約束が、生活の中で大きな精神的支えになっている。

特に高齢者の方々に対して、今の医療制度に欠けているのは、このような動機付けのシステムだと思いますし、モチベーションをどのように高めたり維持したりできるかが、回復のための大きなポイントになると思います。 現在、杉本さんご夫妻をサポートしているのは、日高さん、廣瀬さんだけでなく、彼らが日々成長できる素晴らしい仕事の場を創っているゴールドジム横浜馬車道というスポーツクラブです。
アットホームな雰囲気の中で、一般的なスポーツクラブと比較して、より専門的なプロのサービスを提供しています。競技志向のアスリートへの対応ばかりでなく、運動障害とか高齢者のリハビリ、予防医学にも通じるトレーニングにも力を入れています。
そしてもうひとつ、JARAとしても大会の開催については従来からお世話になっていますが、ラケットボールに対する熱心な取り組みがあります。
多くのラケットボールコートが五月雨的に閉鎖されている現在、各種の大会にコートを提供していただけるだけでなく、今後の日本のラケットボール発展のための最重要拠点となっています。
上山社長は、単にビジネス、経営という視点だけでなく、アメリカ留学を通じて学んできた、スポーツ、健康というものへの拘りを実践することで、素晴らしいスタッフを育て、地域のスポーツ振興に大きく貢献しています。

6.応援の輪

杉本さんご夫妻を支えているもうひとつのもの、それはラケットボールを通じて知り合った仲間たちです。
入院した時、心配してお見舞いに駆けつけてくれたのも、またコートに復帰しようと励ましてくれたのも、めげそうになった時に勇気を与えてくれたのも多くのラケットボールでできた絆のお陰でした。
杉本さんは、入院中でも、早くボールを打ちたくて、手元にボールを置いて、いつも手に握りしめていたそうです。
そして、ラケットボールの話になると、目をキラキラさせて、
『こんなに楽しく、面白い、高度な球技はないですよ。ボールスピードと打球音は快感だし、ラケットボールのお陰で今があると思います。リハビリにもいいと思うし、ラケットボールの存在が回復を早くしてくれていると思います。』
と、語ってくれました。そして、お見舞いに来てくれた宮本比露美さん、橋本いつよさんは、全快祝いのレッスンしてくれるとのことですし、坂本登志子さんは一緒にミックスダブルスに出ると約束してくれているそうです。再び信子様のコメントです。

高齢で始めたラケットボールですが、気力も筋力もつける事が出来ただけでなく、 突然の病をも克服できる底力をももらいました。
日々の食事などの生活面に気をつけてきた結果、私も昨年六月にめでたく「古希」を迎えることができました。
これからも、この幸せと多くの人々の心を大切にして、再開できたラケットボールを原点に戻って正しく練習して、より健康な人生を楽しみたいと思っています。
近いうちに元気になった彼と二人で一緒にコートに立ちたいと思います。

我々団塊世代やシニア世代の方にとっても、大きな勇気を与えられます。
そして、病気や怪我で辛い思いをしている方々にとっても、ラケットボールの存在そのものが大きな力になってくれるはずです。
あらためて、ラケットボールに対して感謝するとともに、杉本さんの一日も早いご回復をお祈りしています。
そして、またコートで一緒にプレーできる日を楽しみにしています。

   
記:JARA広報委員 清田喜一

 

★今回の原稿作成に関して、下記の方々に多大なるご協力をいただきました。
改めてお礼を申し上げます。
◆杉本健一様、信子様
◆ゴールドジム横浜馬車道
 上山憲一様、棚原康様 日高靖夫様 廣瀬尚昭様